2017年10月31日

奥州道中白沢宿 その14

旧篠原家住宅から県道125号の右側の歩道を北上します。
八坂神社の神楽が市指定無形文化財となっている八坂神社を横目に二又の今泉交番前交差点。
右に分かれる道は明治17年(1884)に開通した新道:陸羽街道で、旧国道4号。
奥州道中は真っ直ぐ進みます。
奥州道中である県道125号は路線名が氏家宇都宮線だけど、次の宿場の白沢を取って、当交差点から愛称が白沢街道となっています。
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さて、この今泉交番前交差点はヒドい交差点なんです。
県道125号の右側の歩道を進んでいると横断歩道がない!
何故か?交差点の県道北側だけ横断歩道があるという不思議な造り。
仕方がないので県道が赤信号の時に横切ったけど、旧陸羽街道から車が来るので危険。
当交差点の手前に名前のない交差点があるけど、100mも離れていてスゴく遠いです。
栃木県は車だけではなく、歩行者のことも考えて道路を造ってほしいねっ!(`ヘ´)
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2017年10月29日

奥州道中白沢宿 その13

幸橋を渡ると、その先の名前のない交差点に風格のある建物。
宇都宮市を代表する旧家の一つで、江戸時代中期から醤油醸造業や肥料商を営んでいたという旧篠原家住宅です。
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母屋である蔵造りの店蔵は明治28年(1895)に建てられたもので、国指定重要文化財&市指定有形文化財となっています。
一般公開されているので見学しようと思っていたけど、月曜日なので休館日
ガ━(゚Д゚;)━ ン !!!
当初は土日に歩く予定が雨の予報で月曜日になったんだけど、公共施設の休館日のことまで考えていなかった…ガクッ。

旧篠原家住宅のある辺りが往時の博労町で宇都宮宿のはずれ。
実質的な奥州街道はこれからがはじまり。
伝馬町の追分で日光道中と奥州道中が分岐しているのに、この先の竹林村までは『奥州道中分間延絵図』ではなくて『日光道中分間延絵図』の方に載っています。
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2017年09月12日

奥州道中白沢宿 その12

妙正寺門前の枡形に戻って先を進みます。
市指定有形文化財の樋爪氏の墓を横目に田川に架かる幸橋。
『日光道中分間延絵図』では田川土橋となっているけど、上河原橋と呼ばれていたらしい。
明治14年(1881)明治天皇が巡幸の際、渡った後に幸橋と改称されました。
それにしても、田川沿いに咲く枝垂れ桜が美しい。
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2017年08月07日

奥州道中白沢宿 その11

清厳寺の参道左手に子育地蔵尊があります。
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元は正徳4年(1714)に建立されたお地蔵さまだけど、銅鐘の身代わりになったのか?第二次世界大戦中に供出
戦後大谷石の台座だけが残されたそうだけど、平成7年(1995)に復元されました。
メデタシめでたし。
中門と蓮生法師の墓の間に徳本供養塔があったりして、当山は見どころが多い。
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2017年08月01日

奥州道中白沢宿 その10

重文鉄塔婆収蔵庫の後ろには隠れるように鐘楼が建っています。
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目立たないので通り過ぎちゃいそうだけど、第二次世界大戦中の供出から免れた銅鐘で、寛延4年(1751)に鋳造されたもの。
市指定有形文化財。
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2017年07月25日

奥州道中白沢宿 その09

清厳寺の境内に入ると右手に蔵が2棟並んでいます。
手前の蔵が重文鉄塔婆収蔵庫で、その名の通り国指定重要文化財の鉄塔婆が収められ、自由に拝観できます。
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ありがたいことです。
正和元年(1312)宇都宮8代城主貞綱が亡き母の十三回忌の供養のために建立したもの。
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2017年07月22日

奥州道中白沢宿 その08

妙正寺の門前を横切る道は清厳寺通りです。
奥州道中とは逆に左に進むと、天正元年(1573)創建の清厳寺があります。
元は建保3年(1215)に宇都宮頼綱が現在の宇都宮駅東口に位置する宿郷に草創した念仏堂で、宇都宮氏の家臣芳賀高継がこの地に移して清厳寺としました。
頼綱が清厳寺の開基ということで、境内に蓮生法師の墓(宇都宮五代城主頼綱と芳賀高照・高継の墓所)があります。
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しかし、頼綱(蓮生)の墓は京都三鈷寺にあるので、当山の墓は後世に建てられた供養塔らしい。
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2017年06月18日

奥州道中白沢宿 その07

上河原通りにぶつかって枡形を左折します。
この上河原通りは宇都宮宿の入口:不動前から続く大道(おくのおおみち)らしい。
日光東照宮が完成して日光道中が確定する頃までは、この田川沿いを北上していたんだね。
そんなわけで、宇都宮宿には日光道中の一里塚はあっても、奥州道中の一里塚がないのかな?

宇都宮駅と伝馬町の追分をむすぶ大通りを横切ると、車道が右カーブして左側の歩道がやけに広い。
その広い歩道は正面にある妙正寺の参道のように見えるけど、ここも枡形。
旧道は妙正寺にぶつかってから右折して、上河原通りに戻ります。
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2017年06月17日

奥州道中白沢宿 その06

県道35号今小路通りにぶつかり、枡形を左に右に曲がると大町通り。
オリオン通り・日野町通りに比べると、閑散としてしい。
しかし、明治27年(1894)創業の目加田酒店や、寛永2年(1625)創業の青源があるので、往時の大町通りは賑やかだったんだろうね。
青源は宇都宮駅ビル「パセオ」のテナントで餃子店が入っていて、日光街道最終日にネギ味噌焼餃子で完歩いしたけど、本社が奥州街道沿いとは知りませんでした。(^-^;
ちなみに、青源が味噌製造を始めたのは明治になってからで、江戸時代は米雑穀商でした。
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(目加田酒店)
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(清源 上河原通りから撮影しました)

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2017年06月09日

奥州道中白沢宿 その05

宇都宮宿は城下町なので枡形が多く、カクカクと曲がります。
まずは釜川に架かる都橋を過ぎたら路地を右折。
しかし、大通りの左側を歩いていると横断歩道がない!Σ(゚д゚lll)
前後の交差点は100〜150mほど離れて、遠いな〜などと考えていたら、赤信号で車が途切れたのでチャ〜ンス!
6車線の大通りを歩いて渡ったら、地下道の入口発見!
も〜、早く言ってよ〜。
よい子は真似しないで!

枡形の路地:鉄砲町通りを進むとアーケードのオリオン通りにぶつかります。
ここも枡形で、左折するとオリオン通り曲師町商業協同組合の商店街。
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道幅が広いけど、アーケードは170mほどでおしまい。
出発前に立ち寄った宇都宮二荒山神社の鳥居を横目に、今度はスラロームの日野町通り。
曲師町は大字として残っているけど、鉄砲町も日野町も町名としては消えてしまいました。
しかし、通りの名前として残っているのがウレシいね。
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