2019年05月21日

奥州道中白沢宿 その25

立場を過ぎると往時はまた松並木が続いていましたが、現在の白沢街道は殺風景。
しかし、しばらくすると並木が登場します。
桜を含めていろいろ茂っている雑木並木だけど、それでも往時を偲べて気分が盛り上がるね〜。
しばらくすると桜並木の上り坂で稚児坂があります。
ou190521.jpg
建久年間(1190〜98)に伊沢家景が奥州総奉行として奥州の任地に向かう途中、この地で同行の子が病気で亡くなりその名が付きました。
稚児坂の手前にあるバス停が何故か?「稚ヶ坂」だけど、この辺りで旧河内町(かわちまち)の白沢町に入り、白沢宿はもうすぐです。
posted by とらぞう | Comment(2) | TrackBack(0) | 18奥州道中白沢宿
この記事へのコメント
稚児坂って,そんないわれがあったのですか?
私は,昼食を食べそびれて,
看板の「県下一 手打ちそば 粕屋茶屋」へ行きました。
信号100mと書いてありますが,
おなかが減っていたせいか,もっと遠かったような気がします。店内には,ご主人の趣味の品物が,どっさり。何があったかは忘れましたが・・・。

ところで,稚児坂は桜並木だったのですね。
私が歩いたのは11月だったので,気がつきませんでした。
Posted by 萩さん at 2019年05月22日 22:54
この稚児坂と白沢宿の手前にある白沢地藏堂がセットになっているんですが、
鎌倉時代のエピソードがあります。
伊沢家景が通ったということは、奥州合戦の時に源頼朝も通った道なのですね〜。

予習の時に海道町を過ぎると食事処がないと思って、
手前の下川俣で早めに昼食を摂りました。
萩さんの話だと、粕屋茶屋も面白そうなお店ですね〜。
Posted by とらぞう at 2019年05月23日 22:15
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