2019年02月14日

奥州道中白沢宿 その24

白沢街道に戻ると小林家に感恩報コ碑。
水不足で貧しかった海道新田村に用水路を開削し、新田開発に務めて村の発展に大きな貢献をした小林清次郎の顕彰碑で、慶応2年(1866)に建てられました。
台座に几(き)号水準点が刻まれています。
みたいな記号は日光道中でも時々見かけているけど、久しぶりだな〜。
ou190214.jpg

さて、小林家は屋号を「立場」というそうで、当家が上組の立場跡。
ひとつ前の出口の立場跡も民家でした。
立場というと公共の休憩施設というイメージがあるけど、茶屋から発展した施設なんだね〜。
posted by とらぞう | Comment(2) | TrackBack(0) | 18奥州道中白沢宿
この記事へのコメント
感恩報コ碑ですか?
なかなかマニアックですね。

私は,ここを歩いたときおなかがすいていて
食事ができるところを求めていましたが
この先,ありませんでした。
途中で看板の粕尾茶屋まで寄り道しました。
Posted by 萩さん at 2019年02月16日 10:22
感恩報コ碑は案内板が読めなくて資料が頼りでした。
小林家が立場だったので、この顕彰碑がなくても取り上げる予定でした。

予習で下川俣交差点を過ぎると食事処がないのが分かっていたので、200m手前でランチしました。
その後は鬼怒川を渡って氏家市街にならないと食事処はないと思っていましたが、稚児坂のところに粕尾茶屋の看板がありましたね。
萩さんは白沢宿の手前で食事ができてヨカッタですね。
Posted by とらぞう at 2019年02月16日 21:06
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