2017年11月08日

奥州道中踏破!

1週間経ってしまいましたが、先週の11月1日・2日に一泊2日で奥州道中鍋掛宿〜白河宿を歩きました。\(^-^)/
奥州街道歩きの4日目&5日目で、五街道の奥州道中踏破です。
江戸幕府の道中奉行が管理した五街道は、残すところ甲州道中のみとなりました。

1日目は鍋掛交差点から寄居本郷まで。
歩いた距離は寄り道含めて23.3km、7時間35分の旅。
歩数は29,833歩。

2日目は寄居本郷から女石追分まで。
歩いた距離は寄り道含めて19.4km、6時間35分の旅。
歩数は24,802歩。

まずは1日目。
1日で鍋掛宿・越堀宿・芦野宿の3宿を通りました。
3宿とも宿場の面影はなく、鍋掛・越堀は小さな集落で、家並みがあっという間に終わってしまいます。
鍋掛・越堀よりも大きい芦野宿も宿場の面影はないですが、芦野には江戸時代から続く老舗があって、お目当ての鰻を食べることができました。
そして間の宿・寄居本郷で1日目の旅はおしまい。
寄居本郷は最寄り駅の豊原駅まで3km弱。
バス路線がないので駅まで歩きます。
泊まりは前回日帰り湯で利用したホテルアライで、また同じ那珂川温泉に浸かりました。
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(越堀宿の桝形跡)

そして2日目。
寄居本郷から下野国・陸奥国の国境を越えて白坂宿。
鍋掛・越堀は県道、芦野は町道だけど、白坂・白河は国道沿いなので車の交通量が多く、写真撮影が大変。
白坂宿と白河宿はあまり予習する時間がなくて、宿場内の神社仏閣には寄らなかったため、終点の女石追分に思ったよりも早く着きました。
今まで歩いた五街道の街道は、東海道・中山道とも三条大橋、日光道中は神橋で、3街道とも橋が終点でしたが、奥州道中は道標も案内板もなく、何の変哲もない二又の分かれ道が終点。
日程も5日と短く、あっけない終わり方です。
まあ、女石の追分は道中奉行管理の区間が終わりということだけで、奥州街道としてはまだ先が続きます。
五街道を歩き終わってから続きを歩こうと思います。
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(奥州道中の終点:女石追分)

今回は秘密兵器を用意しました。
ひとつはヘッドランプ。
今まで日の入りを過ぎて暗くなってから終点に着いたことが何回かありました。
足下が暗くて道路の縁が分からなかったり、車に自分の存在を知らせた方がイイだろうと思って買いました。
1日目の終点:寄居本郷〜豊原駅まで3km弱の道のりで使用しました。
真っ暗だと心細いけど、ある程度明るいと安心して歩けます。
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(こんなに暗くなってから左折して3km先の豊原駅まで歩くんです)

もうひとつはハンディ鎌。
喜連川宿で藪漕ぎの廃道を歩いた時に、足下にまとわりつく草を刈れたらイイなと思いながら歩きました。
今回の行程では蛇行した旧道跡や廃道がいくつかあるので用意しました。
実際は草木を鎌で避けるのがメインで、草を切ったのは数回ほどですが、鎌を持っていると気が大きくなり?ガンガン進めました。(^-^;
折り畳めばズボンのポケットに入るので邪魔になりません。
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(藪に埋もれた史跡:明治天皇夫婦石御野立所)
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2017年10月31日

奥州道中白沢宿 その14

旧篠原家住宅から県道125号の右側の歩道を北上します。
八坂神社の神楽が市指定無形文化財となっている八坂神社を横目に二又の今泉交番前交差点。
右に分かれる道は明治17年(1884)に開通した新道:陸羽街道で、旧国道4号。
奥州道中は真っ直ぐ進みます。
奥州道中である県道125号は路線名が氏家宇都宮線だけど、次の宿場の白沢を取って、当交差点から愛称が白沢街道となっています。
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さて、この今泉交番前交差点はヒドい交差点なんです。
県道125号の右側の歩道を進んでいると横断歩道がない!
何故か?交差点の県道北側だけ横断歩道があるという不思議な造り。
仕方がないので県道が赤信号の時に横切ったけど、旧陸羽街道から車が来るので危険。
当交差点の手前に名前のない交差点があるけど、100mも離れていてスゴく遠いです。
栃木県は車だけではなく、歩行者のことも考えて道路を造ってほしいねっ!(`ヘ´)
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2017年10月29日

奥州道中白沢宿 その13

幸橋を渡ると、その先の名前のない交差点に風格のある建物。
宇都宮市を代表する旧家の一つで、江戸時代中期から醤油醸造業や肥料商を営んでいたという旧篠原家住宅です。
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母屋である蔵造りの店蔵は明治28年(1895)に建てられたもので、国指定重要文化財&市指定有形文化財となっています。
一般公開されているので見学しようと思っていたけど、月曜日なので休館日
ガ━(゚Д゚;)━ ン !!!
当初は土日に歩く予定が雨の予報で月曜日になったんだけど、公共施設の休館日のことまで考えていなかった…ガクッ。

旧篠原家住宅のある辺りが往時の博労町で宇都宮宿のはずれ。
実質的な奥州街道はこれからがはじまり。
伝馬町の追分で日光道中と奥州道中が分岐しているのに、この先の竹林村までは『奥州道中分間延絵図』ではなくて『日光道中分間延絵図』の方に載っています。
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2017年10月01日

大田原宿

昨日土曜日に奥州道中大田原宿を歩きました。\(^-^)/
奥州街道歩きの3日目。
大田原宿と言っても、佐久山宿本陣跡から鍋掛宿の手前の鍋掛交差点まで。
長い…。
歩いた距離は寄り道含めて26.2km、7時間の旅。
歩数は33,487歩。

前回の喜連川宿・佐久山宿の巻から4カ月ぶりの奥州道中です。
前回は、始発電車に乗る予定がスマホを忘れて自宅に戻ったために始発電車に乗れなかったり、1週間前にカメラが壊れて撮影に時間がかかったりして、終点の1km手前で終わってしまいました。
今回は何と!モバイルバッテリーを忘れるという痛恨のミス!
宇都宮線で栃木県に入ってから気がついたのでもう戻れない。

スマホが便利なので、ここ最近はルート情報や資料を入れてあったりするけど、今回は資料のPDFを入れていただけで、道筋や立ち寄り場所は元々入れてなかったので、それほど影響はなかった。
今回のルートはあまり複雑ではなく、おおむね県道を歩くだけだったのでヨカッタです。
一番影響があったのはツイッターでツイートできなかったこと。
最近はメモ代わりにつぶやいていて、下書きをしなくなっていたので、これはイタい。
しかし、ツイートしない分終点に早く着いたので、次回の分を4kmほど前倒しで歩けました。(^-^;
今回は日帰りだったけど、これが泊まりだったら考えるだけでも恐ろしいことです。
スマホが使えないと不便ですね〜。
気をつけないと。
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(大豆畑の奥には高原山連山)

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(大田原宿のシンボル金燈籠)

今回は一里塚が5カ所。
滝沢・六本松・中田原・練貫・鍋掛のうち、中田原と鍋掛はオブジェのような一里塚があります。
佐久山宿と大田原宿で1軒ずつ江戸時代創業のお店に立ち寄りました。
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(中田原一里塚)

あと、江戸時代にはなかったのに喜連川宿〜芦野宿に温泉が点在しているので、一度どこかの温泉に入りたいと思っていましたが、今回ようやく那珂川温泉の日帰り湯「皆幸乃湯」で汗を流すことができました。ou171001d.jpg
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2017年09月12日

奥州道中白沢宿 その12

妙正寺門前の枡形に戻って先を進みます。
市指定有形文化財の樋爪氏の墓を横目に田川に架かる幸橋。
『日光道中分間延絵図』では田川土橋となっているけど、上河原橋と呼ばれていたらしい。
明治14年(1881)明治天皇が巡幸の際、渡った後に幸橋と改称されました。
それにしても、田川沿いに咲く枝垂れ桜が美しい。
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2017年08月07日

奥州道中白沢宿 その11

清厳寺の参道左手に子育地蔵尊があります。
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元は正徳4年(1714)に建立されたお地蔵さまだけど、銅鐘の身代わりになったのか?第二次世界大戦中に供出
戦後大谷石の台座だけが残されたそうだけど、平成7年(1995)に復元されました。
メデタシめでたし。
中門と蓮生法師の墓の間に徳本供養塔があったりして、当山は見どころが多い。
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2017年08月01日

奥州道中白沢宿 その10

重文鉄塔婆収蔵庫の後ろには隠れるように鐘楼が建っています。
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目立たないので通り過ぎちゃいそうだけど、第二次世界大戦中の供出から免れた銅鐘で、寛延4年(1751)に鋳造されたもの。
市指定有形文化財。
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2017年07月25日

奥州道中白沢宿 その09

清厳寺の境内に入ると右手に蔵が2棟並んでいます。
手前の蔵が重文鉄塔婆収蔵庫で、その名の通り国指定重要文化財の鉄塔婆が収められ、自由に拝観できます。
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ありがたいことです。
正和元年(1312)宇都宮8代城主貞綱が亡き母の十三回忌の供養のために建立したもの。
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2017年07月22日

奥州道中白沢宿 その08

妙正寺の門前を横切る道は清厳寺通りです。
奥州道中とは逆に左に進むと、天正元年(1573)創建の清厳寺があります。
元は建保3年(1215)に宇都宮頼綱が現在の宇都宮駅東口に位置する宿郷に草創した念仏堂で、宇都宮氏の家臣芳賀高継がこの地に移して清厳寺としました。
頼綱が清厳寺の開基ということで、境内に蓮生法師の墓(宇都宮五代城主頼綱と芳賀高照・高継の墓所)があります。
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しかし、頼綱(蓮生)の墓は京都三鈷寺にあるので、当山の墓は後世に建てられた供養塔らしい。
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2017年06月18日

奥州道中白沢宿 その07

上河原通りにぶつかって枡形を左折します。
この上河原通りは宇都宮宿の入口:不動前から続く大道(おくのおおみち)らしい。
日光東照宮が完成して日光道中が確定する頃までは、この田川沿いを北上していたんだね。
そんなわけで、宇都宮宿には日光道中の一里塚はあっても、奥州道中の一里塚がないのかな?

宇都宮駅と伝馬町の追分をむすぶ大通りを横切ると、車道が右カーブして左側の歩道がやけに広い。
その広い歩道は正面にある妙正寺の参道のように見えるけど、ここも枡形。
旧道は妙正寺にぶつかってから右折して、上河原通りに戻ります。
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