2017年05月21日

喜連川宿→佐久山宿

昨日土曜日に奥州道中を喜連川宿から佐久山宿まで歩きました。\(^-^)/
奥州街道歩きの2日目。
氏家駅から佐久山郵便局前バス停まで。
歩いた距離は寄り道含めて22.6km、7時間25分の旅。
歩数は29,468歩。

奥州街道の初日は栃木県道125号「白沢街道」の歩道を長いこと歩いたけど、今回のルートは変化に富んだ内容。
国道・県道・市道・旧道・古道・廃道など。
街道を歩いていても、幹線道路からはずれた旧道くらいはあるものだけど、生活道路としても使われていない古道、まったく忘れ去れている廃道などは、めったにお目にかからないごちそう(笑)。
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(喜連川宿の中心地)

まず1つめのごちそうは、喜連川宿の手前、弥五郎坂の古道。
この古道は舗装されているものの、市指定史跡として保存されています。
この古道は東山道から続く道で、古道の手前のに中世の古戦場跡があります。
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2つめのごちそうは、喜連川宿を過ぎた上り坂の山道・鶴ヶ坂の廃道。
2週間前のGWににゃおすけさんが歩いて知りました。
鶴ヶ坂の廃道は県道114号の左手にある旧道のすぐ右側に堀割状遺構として残っています。
地図に載っている旧道は明治の道だそう。
栃木県教育委員会の歴史の道調査報告書に、土砂による埋没があり、土中には道が残されていると思われ、考古学的にも貴重と書いてあって、土道のことをずいぶん大げさに言ってるな〜と思っていたら、歩いてみて分かりました。
ごちそうといっても、ほとんど林の中で足もとが悪いので、歩きづらくて大変。
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貴重な廃道を歩けたのはヨカッタけど、残念なのは一里塚。
今回歩いたルートには一里塚が松山・喜連川・南和田・引田の4カ所あり、喜連川は宿場内で跡だけど、松山・南和田・引田の3カ所は現存一里塚。
しかし、実際に見学できたのは民家の敷地にある松山一里塚だけ。
南和田は鶴ヶ坂の廃道の左手というのだけど、左側を気にして歩いたものの、どこなのか分からず過ぎてしまいました。
引田は松山のように民家の敷地にあるということだけど、人の敷地に入る勇気はないので、大谷石の蔵を撮っただけでした。
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(民家の敷地にある松山一里塚)

今回はトラブルいろいろ。
始発電車に乗るのに4時に起きたんだけど、スマホを忘れて家に戻ったために、氏家駅に着くのが遅れました。
1週間前、久しぶりにカメラが壊れ、レンズ制御エラーという表示が出て写せません。
レンズを回して電源を入れるカメラで、そーっと優しく扱えば写せるけど、エラーが続くことがあるので撮影に時間がかかっています。
ということで、予定していた終点より1km手前で終わってしまいました。
帰りはバスなんですが、最終バスが16:50頃という早い時間で切り上げなくちゃいけないので、ハラハラドキドキの旅でしたが、佐久山宿の本陣跡までは歩けたのでよしとしましょう。ou170521e.jpg
(佐久山宿本陣跡)
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2017年05月19日

奥州道中白沢宿 その03

片側3車線の広〜い大通りを進むと名前のない交差点。
昨年9月以来7カ月ぶりとなる日光街道と奥州街道の分去れ:宇都宮宿伝馬町の追分。
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往時は右手(南側)に問屋場兼貫目改所、上野本陣が並んでいました。
しかし、平日の朝のため、通勤ラッシュで人も車も多くて、撮影に時間がかかります。
そういえば、昨年も平日で、夕方の帰宅ラッシュで大変だったな〜。
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2017年05月05日

奥州道中白沢宿 その02

宇都宮二荒山神社は歴史が古く、仁徳天皇の時代に祀られたのが始まりで、承和5年(838)に現在地である臼ヶ峰に遷されました。
遷されたといっても、県道を挟んだ向かいのパルコの裏が創建の地で、現在は摂社下之宮が鎮座しています。
そんな古社にはやはりお宝がいっぱい。
南北朝時代の三十八間星兜&建治3年(1277)製の鉄製狛犬が国認定重要美術品。
ほかにも、県指定文化財の正次作太刀や、市指定文化財など多数。
境内の二荒山会館でフツーに拝観できるので、ありがたいことです。
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(三十八間星兜)
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(鉄製狛犬)
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2017年05月04日

奥州道中白沢宿 その01

宇都宮駅から本日のスタート地点:日光街道と奥州街道の追分まで、一本道で約2km。
途中に下野国一宮宇都宮二荒山神社が鎮座しています。
本来なら街道歩きの寄り道として立ち寄りたいところだけど、せっかく鳥居の前を通るので、先にお参り。
往時は宇都宮大明神と呼ばれていました。
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二荒山神社はややこしい。
当社の正式名称は二荒山神社。
昨年お参りした日光の二荒山神社と区別するために「宇都宮二荒山神社」と呼ばれています。
しかも、同じ二荒山神社なのに、宇都宮と日光では読みが違います。
宇都宮は「ふたあらやま」、日光は「ふたらさん」。
さらに、両社とも下野国の一宮なので、ホントややこしい。
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2017年04月17日

白沢宿→氏家宿

昨年12月に日光道中二十一次を歩き終わって、いよいよ奥州道中を歩き出しました。\(^-^)/
宇都宮市から北上して、平成の大合併で誕生した「さくら市」に向かうので、桜の季節に歩くことに。
桜なら青春18きっぷを利用できるな〜と思っていたら、春期最終日の10日になってしまいました。(^-^;

今回奥州道中として歩く区間は、宇都宮宿の日光道中と奥州道中の追分から、白河宿の道中奉行管轄の女石追分まで。
5回に分けて歩きます。
奥州道中の継立ての数は、教科書にしている今井金吾さんの『今昔三道中独案内』では白沢宿→白河宿の「奥州道中十次」となっているけど、奥州道中は形式的には日本橋が起点なので、おらのホームページでは「奥州道中二十七次」とします。
「二十七次」と言っても、スタートするのは18次目の白沢宿だけど。(^-^;

ということで、奥州道中二十七次の初日は無事に歩き終えました。
歩いた距離は寄り道含めて28.8km、9時間の旅。
歩数は36,786歩。
ルートを地図で計測したら19.7kmだったのに、何でこんな距離になるんだろう?

桜が咲く季節はどこを歩いてもキレイだと思うけど、桜が自慢の?さくら市へ。
平日のため、通勤ラッシュで車が多い宇都宮市街を抜けて、栃木県道125号「白沢街道」を北上。
片側二車線道路の歩道歩きです。
日光街道で国道119号を北上して徳次郎宿に向かうのに似ています。
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スタート地点の追分から10kmほどで白沢宿。
古い建物はなく宿場の面影はないけど、宿場内には水路があったり、民家の軒先には屋号が掲げられて、雰囲気がイイ。
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鬼怒川を渡るとさくら市氏家宿。
旧道が消滅して途切れたところに勝山城跡があり桜の名所。
城内を巡って桜を愛でました。
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終点の氏家宿もあまり宿場の面影はなく、今度は夕方の通勤ラッシュの時間で車が多く、写真を撮るのに時間がかかりました。
氏家宿は指定文化財点在しているので、街歩きだけでも楽しいかも。
今回の終点は氏家宿を抜けたところにある櫻野八幡宮。
氏家町と次の宿場がある喜連川町が合併して「さくら市」になったわけだけど、櫻野って地名の由来に少なからず影響があったかもね。
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(お不動さまが県指定文化財の光明寺)

江戸幕府の道中奉行が管轄の白河宿まで、5日の行程で歩くのが決まっているけど、交通の便が大変。
次はゴールデンウィークに喜連川宿〜佐久山宿を歩こうと思ったら、ちょっと難しい…。
おらの足では大田原市街までは歩けないのでバスを使おうと思ったら、平日土曜のみで日曜祝日は運休。
GWに奥州街道は歩けないということになりました。(>_<)
フツーの土曜日に歩きます。(>_<)
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