2019年02月14日

奥州道中白沢宿 その24

白沢街道に戻ると小林家に感恩報コ碑。
水不足で貧しかった海道新田村に用水路を開削し、新田開発に務めて村の発展に大きな貢献をした小林清次郎の顕彰碑で、慶応2年(1866)に建てられました。
台座に几(き)号水準点が刻まれています。
みたいな記号は日光道中でも時々見かけているけど、久しぶりだな〜。
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さて、小林家は屋号を「立場」というそうで、当家が上組の立場跡。
ひとつ前の出口の立場跡も民家でした。
立場というと公共の休憩施設というイメージがあるけど、茶屋から発展した施設なんだね〜。
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2019年01月20日

奥州道中白沢宿 その23

4車線だった県道125号白沢街道は、下川俣町交差点を過ぎると片側1車線となります。
海道町交差点の100mほど手前左手の民家が高札場跡。

そして、海道町交差点を左折してちょっと寄り道。
100mほど入ると海道町公民館があり、この付近が海道新田一里塚跡。
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初期の奥州道中が現在より西側を通っていて、公民館付近には壱里塚という小字が残されています。
日光道中でも明治期に道筋が付け替えられ、国道4号の左側に残された旧道をいくつか歩いたけど、さすがに江戸時代に付け替えられた初期奥州道中は残っていません。
ましてや、地名が海道「新田」なので、一里塚すら耕して田んぼにしちゃったんでしょう。
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2018年11月16日

奥州道中白沢宿 その22

35分の昼食で外に出ると、新しめの切り株が…。
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以前は並木だったのかな?と、帰宅後にストリートビューで過去の画像を見ると、何と!街道名残のサワラが3本並んでる!
この1年半の間に伐採されてしまったのかぁ。
残念!(>_<)
ということで、↓Googleストリートビュー2015年10月の画像です↓

ありゃ〜、Googleマップを眺めていたら、旧道の蛇行跡は堀切川の手前左側だけじゃなくて、橋を渡ってから右側にもあり、歩道が外側に膨らんでいる!
旧道は堀切川の前後で今より左に右に蛇行していたのが、道路改修でほぼ真っ直ぐに矯正されてしまったんだね。
予習の時はこの周辺で食事処を探していたので、全然気がつかなかった…ガクッ。
_| ̄|◯
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2018年11月11日

奥州道中白沢宿 その21

堀切川を渡って白沢街道の左側にある蕎麦屋辰悦茶屋で昼食です。
少し時間が早いけど、下川俣町を過ぎると食事処が少なくなるので、のうちに食べておかないと。
鴨の他人丼1,000円をいただきます。
スープ代わりの小蕎麦もちゃんと手打ち黒ハート
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2018年11月10日

奥州道中白沢宿 その20

往時は地蔵森を過ぎると旧岩曽村から松並木が続いていたけど、残念ながら今ではもう松は見当たりません。
宇都宮化成工業の満開の桜を過ぎると、旧岩曽村と旧下川俣村の境となる堀切川が流れています。
堀切川の手前に街道名残のサワラ(椹)があり、サワラと堀切川の間に旧道の蛇行跡が残っています。
4車線の太っい白沢街道に旧道の蛇行跡が残っているなんてウレシいね〜。
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※残念ながら、名残のサワラはその後伐採されてもうありません。(>_<)
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2018年10月15日

奥州道中白沢宿 その19

豊郷南小学校の満開の桜を横目に岩曽交差点を右折。
空き地に石仏が点在しています。
祠に享保8年(1723)製のお地蔵さまが安置されていて、その名も首切り地蔵。
この付近は宇都宮藩の土堂原の刑場跡で、『奥州道中分間延絵図』では地蔵森と書かれています。
そういえば、日本橋と千住宿の間にも小塚原の刑場跡があって、デッカい首切地蔵が鎮座していたね〜。
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2018年06月10日

奥州道中白沢宿 その18

の看板が目立つTSUTAYAの手前に商店長屋があります。
向かいにファミマ茶屋。
標柱や案内板はないけど、ここが竹林一里塚跡で、宇都宮宿伝馬町の追分から1つめの一里塚です。
一里塚といえば、立場とワンセットのイメージがあるけど、出口の立場跡から200mほどしか離れていないのに、立場と一里塚が別々なのは残念。(^-^;
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2018年04月21日

奥州道中白沢宿 その17

岩淵家から100mほど北上すると宝蓮院があります。
右隣…ってゆーか、北隣の高窓のある民家が出口の立場跡。
往時の竹林村は心太(ところてん)が名物だったそうなので、馬子や旅人が心太を食べながら休憩していたんだろうね〜。
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2018年03月21日

奥州道中白沢宿 その16

竹林町交差点を過ぎるとその名の通り竹林町(たけばやしまち)。
ひときわ目立つ豪農岩淵家の長屋門が立派。
明治27年(1894)に建てられたもので、長屋門の他にも明治14年(1881)の石蔵や明治36年(1903)の土蔵が残っています。
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2018年02月04日

奥州道中白沢宿 その15

先を進むとまた二又…ってゆーか、右手の路地を進むと民家の庭にモッコリと塚。
『日光道中分間延絵図』にも載っている上人塚で、中世の高塚らしいけど、詳しいことは分からない。
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